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 きみは僕のかわいいひと

「あのさ、ヒバリさんが格好いいって話なら惚気だって怒られるのも分かるんだよ。でも可愛いっていうのも惚気に入るの?」
 先日惚気てリボーンにキレられた綱吉はその後も納得がいっていなかったらしい。夜の話は当然のこと、人前で頬にキス程度でも赤くなる人並の(日本人らしい)羞恥心を持っているはずなのだが、どうにも一部感性がぶっ飛んでいる節がある。(ちなみに雲雀にその手の情緒を期待してはいけないし誰も期待するはずもないので、話を振らない刺激しないという猛獣注意の看板が常時ぶら下がっている。ただでさえ歩く危険物なのに多方面で迷惑な男だ。)
 さて、問い掛けられた獄寺は主に忠節を尽くすこと十年、一も二もなく10代目ありきだったので恋人がいない歴=年齢である。勿論粉を掛ける程度から本気の求愛者までひっきりなしだが、仮に恋人が出来たとしても、おはようからおやすみまで主とボンゴレについて考えている獄寺を、愛するのは容易くても愛し続けるのは中々難しいだろう。本人も分かっていて不誠実な真似をするつもりはないらしく、恋人がいない歴は更新される一方だ。一応愛人を持つのも男の甲斐性でありステータスだという価値観から、一人二人愛人を持ったこともあったが、蟠りは解消されたとはいえ母の立場に複雑な思いを抱いていたことは事実なので、結局自分自身を納得させきれなかったようだ。更にドン・ボンゴレの右腕ともなれば、ともすればボス以上にハニートラップに狙われることもある。愛人の管理や見極めも手間だし、何か問題が起きれば主の顔に泥を塗ると、さくっと全員切ってしまった。それ以来気楽な独り身である。本人がこれで主のことだけ考えていられると嬉々としているので、ボンゴレ内部ではこのまま右腕の座が恋人なんだろうなあと生温く見守られている。
 話が長くなったが、つまるところそういう意味で獄寺は相談相手には向かない。更に尊敬する主の、気に食わない恋人の話はあまり聞きたくないと思っている。下手に質問に答えてしまうと流れるように雲雀の話に移行しかねないからだ。よって早々に白旗を上げ、仕事という名の敵前逃亡を果たしてしまった。結果、むくれたドン・ボンゴレは相談相手を求めて彷徨うこととなったのである。


回答者1:のほほんとした剣士
「んー、オレはヒバリのこと可愛いって思ったことないからなー」

回答者2:極限なボクサー
「極限、沢田は雲雀のことが好きだな! いいことだ!」

回答者3:日本かぶれな門外顧問
「沢田殿、いえ10代目は一途で情熱的なところが親方様によく似ておられます」

回答者4:あやしい霧(男)
「その質問自体が惚気ですよ馬鹿馬鹿しい」


 弟妹同然の子供たちと女性であるクロームにはこんな相談を持ち掛けるのは憚られたのか、見かけても突っ込んでいかなかったが、それ以外で手当たり次第に捕まえた結果がこれである。
 期待した答えが返ってこなかった綱吉はご機嫌斜めであった。暇つぶしにその惚気行脚を眺めていたリボーンはもはやキレるを通り越して呆れ返っていたが、ボンゴレ内の精神衛生を考えて、出来の悪かった教え子に教育してやらなければならないかと姿を現すことにした。放っておいたら暗殺部隊にまで特攻しかねない。そうすれば本部が半壊の憂き目を免れない。この年にもなって情操教育か……と思ったことは余談である。

「ツナ」
「なんだよリボーン」
 気配は感じていたのだろう、声を掛けてもリボーンの方を振り返らない辺り、完全に拗ねている。はぁー、とこれ見よがしにため息を吐き、リボーンはボルサリーノを銃口でちょいと上げた。
「ったく。いいか、ママンで考えてみろ。例えばママンが家光のことを格好いいと言うならおめーも理解できるだろ、納得するかはともかく」
 ゆるゆるとこちらに向き直った綱吉は一度瞬き、鈍く頷く。
「だが家光のことを可愛いっつったらどう思う。ビアンキが俺様を、でもいい」
 うぐ、と綱吉の喉が鳴った。想像してみたらしい。身近で心理状態を追いやすい身内、あるいは身内同然の女性だからこそ、どういう思考回路でそこに至ったのかよくわかったのだろう。出来るなら答えたくないという内心が丸わかりだが、リボーンはあいにく質問に答えないなどという生徒の怠慢は許さない。綱吉もそれを理解しているので、不承不承、といった体で口を開く。
「……あばたもえくぼっていうか、 恋は盲目っていうか……」
「俗にフィルターが掛かってる、とも言うな」
「……うう」
 例文を出されてようやく理解したらしい。口を押さえて唸りつつも頬にじわじわと朱が昇っている。何しろ先ほどまで全力でそれを実践していたのだ。
「大体な、恋じゃなくても男が男を格好いいっつーのは割とあるんだよ。風紀の連中なんか分かりやすいだろ、ありゃヒバリの強さとか在り方とか、そういうもんに魅せられてついてってんだ。勿論それが全てじゃねぇし、崇拝や心酔の域まで持ってったのはヒバリ自身の手腕だがな。大体お前だって、俺様の射撃見て一度も格好いいと(そう)思わなかったなんて言えるか?」
 他人が言えば自信過剰にも程があるセリフだが、リボーンはそれだけの実力と肩書と誇りを持っているし、なんだかんだこの教え子がリボーンを慕い尊敬していることを知っている。案の定、綱吉は小さく首を横に振った。
「可愛いタイプの男を見て可愛いって思うのは、本人の意思はともかくありうる話だ。だがヒバリはどう見ても格好いいタイプの男だろ。まあそれ以上にあぶねー奴だがな。そういう相手に可愛げを見出だすのはそりゃ、愛だの情だのがないと無理な話だろうが」
 右手に持っていた銃を指先でくるりと回し、懐にしまう。
「ついでに言っとくが骸のもそうだからな。家光がドジしたところでお前間違っても可愛いとは思わねえだろ? だが赤の他人、特に女からみりゃ『なんか強面のおじさんがドジしてる』ってのは可愛いと思うこともあるかもしれねえ。そんでもってバジルなんかはあいつを尊敬してるからな、そういう相手の思わぬへまは情けないというより、意外な一面だと好感度が上がる可能性もある。前者はともかく、後者は好感がある相手だからこそ好意的に物事を見るわけだな。おめーが骸を可愛いと思えるほど懐に入れてんのはいい、まあマフィアのボスとしては本当はよくないんだが、ボンゴレのボスと守護者という意味では正解だ。だがまあ、クロームや了平ならともかく、俺や獄寺はあいつを可愛いとは思わねぇ。当然ヒバリもな」
「……うん」
「惚気るなとは言わねぇ。だが自覚は持て、相手は選べ。そういうことだ」
「はい、……先生」
 しょんぼりと萎れてしまった教え子を見やる。日々ツッコミに明け暮れていただけあって、綱吉は元々常識人だ。大分ボンゴレナイズされてきているが、それでも根は真っ当である。
 仕方ねぇな、と嘆息する。惚気はウザイし頭に花畑が咲いている様は鬱陶しいが、楽しそうに幸せそうに語る様は、内容さえ聞かなければ悪くはない光景なのだ。
「……本当におめーら似た者バカップルだな」
「え?」
 顔を上げた綱吉にふ、と笑ってみせる。おそらく綱吉の側からはにやり、という効果音がついて見えただろう。愉快犯の笑みだ。嫌な予感を覚えただろうが、対処する隙など与えはしない。
「ヒバリの奴も時々さらっとおめーが可愛いなんて言ってのけるからな」
「え、は、はあ!?」
 とはいえ綱吉は、ハイパーモードの時はともかく、普段は顔かたちといい挙動といい分類すれば可愛い、に大きく寄るタイプである。だいぶボスらしくはなったが、それはある意味ボンゴレのボスという仮面をかぶっているようなもので、本質は早々変わらない。だから10代目至高最高フィルター搭載済みの獄寺はともかく、山本辺りならあっさり同意してくれるだろう。
 だがしかし、雲雀である。
「あいつ基本的に人間を強いか強くないかでしか判別してないだろ。強い相手には興味を持つし相手にするが、逆に言えば強さにしか興味がねえ。あとは使い勝手と価値、快不快くらいか」
 骸は屈辱を与えられた相手なので不動の気に食わない枠として、強者は咬み殺し甲斐のある獲物、風紀委員、今は財団員は手足だ。取引相手はイコール利用価値でしかなく、群れている草食動物は目障り、あとは有象無象としか思っていないに違いない。
 もっとも認めた相手にはそれなりの対応をするし、強さ以外に目を向けることもあるが、それも雲雀にとって価値があるかどうか、が第一の判断基準だ。リボーンに対しても出会った当初は特に好意的だったが、それも強さへの興味と期待、その行動により雲雀が楽しめる、あるいは利益があると思っていたからだった。リボーン本人ではなく、リボーンの持つ力への好意だったと言い換えてもいい。
 あの骸でさえ口ではどうこう言いつつも身内には甘いが、雲雀は基本情に流されるということがない。だが一方で快不快に非常に忠実だ。獣の好悪と人間の計算高さで動く、理性と本能の両極端で生きているような人間なのだ。大分丸くなりはしたが、どこか曖昧だからこそ柔らかくなめらかで温かい、繊細な感情や想いなどは元来非常に希薄な性質だろう。
「そのヒバリがだゾ。お前のことを“可愛い”と思ってるんだ。どんだけめろめろなんだって話だろうが」
 強さという一面でも利用価値でもなく、相手そのものに興味関心を好意を持ち、弱ささえも許容し、不明瞭で漠然とした定義から零れ出した感情を抱いている。
 それはもはや、愛おしいと同義の言葉だ。
「────ッ!!」
 理解した瞬間真っ赤に茹で上がった綱吉は、今度こそ踵を返して逃亡した。教育と意趣返しは済ませたので、瞬く間に遠ざかる背中を追う気はない。くつくつ、と笑ってゆったり足を進める。

 虹の呪いが解けてから、通常の数倍のペースで成長した体は既に立派な成人男性のものだ。実年齢から言えば、子がいてもおかしくない。下手をすれば孫さえも。だが刹那的な職業であるヒットマンを選んだ時から、妻を娶り子をなすつもりはなかった。愛人は持っても、恋人は持たない。それはある種のリボーンのけじめだ。
 そんなリボーンにとって、育ててきた生徒はある意味我が子にも等しい。教え子とはよく言ったものだ。リボーン自身の人生を懸けて、時にふざけながらも真剣に、教え導き育ててきた。可愛い教え子たち。その最後にして最高傑作のこども。9代目の依頼とはいえ、普通に平凡に生きてきた子供を闇の世界に叩きこんだのは自分だ。だからこそ、綱吉が生涯のパートナーを選び幸せそうに生きているのは喜ぶべきことだった。だが。
「可愛げのねえ野郎に取られた挙句に惚気まで聞かされるのは御免だ」
 つまりは、そういうことなのだ。

(18.06.01)


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